本日は晴天なり

  • 2017.02.27 Monday
  • 20:59

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久しぶりにスッキリと晴れて、比良山系の峰々が美しい。

 

私のブログを読んで下さる方に共通して言われることは「よく出かけるねえ―」

私は、夢中で出かけている訳ではない。

半径200kmくらいの所は、日常になっているのだ。

 

トヨタのプリウスに乗り換えてから、運転が楽しくなったようなので、ハンドルは家人に任せている。

この車の燃費にほれ込んでいる家人は、リッター当たり何キロ走らせたかは常にチェックして、運転の励みにしている。

金沢くらいなら20Lもあれば往復してくる。

若いころに「いつかはクラウン」と言うコピーがあって、家人も気をひかれていたけれど、走行距離が半端ではない我が家にとって燃費のいい車が一番となっている。

 

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旅と言うと非日常になり、特別の事のように感じる時期が私にもあった。

けれど、今は生活そのものが旅であると感じている。

skogをcloseして以来、日常のスパイスと言えば一、寸そこまでひとっ走りが生活になっている。

60歳まで夢中で働いて、その後10年間のクールダウンを経て今のライフスタイルに落ち着いた。

 

旅をすれば新しい発見があり、教科書で習ったことを確認することもある。

そのどれもが頭の細胞を活性化してくれるような気がする。

 

日帰りでも、海外でも家に帰るとホッとする。

羽を休める場所があるからこそ、私の旅は成立しているように思う。

 

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串本 橋杭岩

  • 2017.02.26 Sunday
  • 23:38

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南部梅林の散策コースは、急こう配の所が何か所かあった。

懸命に踏ん張って降りて行ったら、今日になって足の方々に違和感が残る。

 

遠くに見えた太平洋に誘われて、紀伊半島を一周しようとコースの変更をしたのには、少し訳がある。

南部から少し南下したすさみ町や串本には30代の時に苦い思い出がある。

南部の先は無料の紀勢自動車道がすさみ町まで続いて、思いのほか早く到着出来た。

海岸沿いを走ったけれど30代の思い出の外科医院は当たり前だろうけれど、見つからなかった。

 

家人が友人何人かと太平洋をヨットでクルージングしていた時に串本港に上がった。

クルーの子供たちを引率していた私は、子供たちが起きだす前に宿を出て港に船を見に行った。

そこにイカ釣り漁船が帰ってきて、その場でイカを買って刺身にしたら、美味しさに感動してしまった。

イカを貪るクルーの姿をカメラに収めようと構えたままバックをしたらそのまま海に落ちてしまった事がある。

幸い満潮時で、ストンとまっすぐ落ちたので打ち身はなかったものの、肘をコンクリートの壁でこすってしまった。

構えていたカメラと、ポケットに入れた替えレンズは、使い物にならなくなったけれど運よく私は肘にあとを残すケガだけで終わった。もし干潮時なら今頃は・・・。

 

道の駅すさみを過ぎると風景は一転して、海に奇岩が見え始め、R42はガンガン飛ばす車で横断も難しいほどだった。

 

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最近は日本海を見る機会が多いので太平洋と言うとまた気分が違う。

海に違いはないけれど、うららかな日和のせいか海の色をより碧く感じた。

 

橋杭岩は、いつ来たのか記憶にないけれど、一度来たことがある。

家人もあるというけれど、どうも話が嚙み合わない。

今更どうでもいいけれど、それほど前の事だろう。

 

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串本から先の道路事情はあまりよくなかった。

退屈すると道の駅が休憩場所になる。

紀宝町のウミガメの里は、ウミガメが産卵に来るという海岸沿いにあった。

すぐ横の海は南海トラフが横たわる。

どうぞ津波が来ませんように。

私の気持ちが分かるように、道の駅には海抜11Mの看板が掛かっていて、避難経路の地図もあった。

津波が来れば14Mくらいの予測が出ているらしい。

 

道の駅のどこにもあった梅干しが、ここまでくるとみかん中心に変わるのも面白い。

今日の夕飯どうする

家人は松阪ですき焼きにしようと言い出した。

私は尾鷲で魚にしようと思っている。

何とか、折り合いをつけて魚に持ち込んだ。

 

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尾鷲は大台ケ原に近く、日本で一番雨が多い。

雨のニュースがあると必ず出てくる地名だけれど、全く未知の場所だった。

鷲の尾と言う地名に関心があって一度は行ってみたいと思っていたので、ここを夕食の場所にしたかった。

新鮮で美味しいお魚を頂いて、188Kmを走って帰った。

全線高速道路が使えたので、尾鷲は思ったほど遠くなかった。

 

やればできるじゃん、紀伊半島一周一日旅。

そこそこの観光も出来て家人も運転のし甲斐があったらしく、すこぶる機嫌がいい。

 

 

南部梅林

  • 2017.02.25 Saturday
  • 23:49

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和歌山県は有名な南高梅の産地で「一目百万、香り十里」と称される日本一の梅林がある。

距離を測ると180kmほどで、そのほとんどが高速道路だから2時間半も走れば十分だ。

家人を誘うと二つ返事で乗ってきた。

 

紀伊半島は、関西空港から先は行ったことがない。

近くて遠い所だった。

SAに南部梅林の情報があった。一部は散り始め、一部は満開という事。

10時には着いたけれど、一番近い駐車場はほぼ満車に近かった。

 

梅林はかなりな坂道で、近いコースでも4kmの周遊だ。

狭い道の両側には梅干しや野菜を売る店がひしめいている。

美味しい大根やその漬物を試食しながら登っていった。

 

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肝心の梅は満開を過ぎて小さくなっていた。

傍に近寄らないと花の姿が見えないので、白い絨毯を敷いたような風景を想像していた私は、少しがっかり。

風に乗って、時折梅のいい香りした。

 

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けれど、遠くに太平洋を見下ろす梅林は、広々としていい風景を作っている。

大粒の梅干しが出来る理由が分かるような気がした。

 

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「太平洋を見るのは久しぶりだねー」と話す内に、串本経由で紀伊半島を一周しようかと話が進んだ。

気温15℃風はなく、うららかな日差しに誘われてしまった。

鴨居 羊子と鴨居 玲

  • 2017.02.23 Thursday
  • 23:18

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鴨居 玲 (1982年 私)

 

昔、私が油絵を描いていた頃、一目で惹きつけられた絵が鴨居 玲の「1982年 私」だった。

中々絵を描き始められない鴨居は、白いカンバスの前に座り込み、その周りに集まった過去のモデルたちが心配している絵である。

私も人並みに取り掛かるまでは時間がかかる方で、白いカンバスを眺めてため息をついていた。

それは、名画伯にも素人にも共通するものだったのだろうか。

 

その時に、記憶の奥にあった鴨居 羊子という下着デザイナーの名前を思い出した。

その後、二人は姉と弟という事が分かった。

何と激しい個性を持った姉弟だったのかと興味を覚えた。

 

先日枚方のT-siteに行ったとき「私は騾馬に乗って下着を売りにゆきたい」という文庫本が目に入った。

パラパラと読むと、鴨居 羊子が下着デザイナーになったきっかけを書いているようだなと思って読み始めた。

1973年に上梓された本なので、44年も前に書かれたにもかかわらず、今読んでも少しも古くない。

起業しようとする人にはとても読みごたえがありそうだ。

私も10年前に読むべきだったかと。

 

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今、NHKでファミリアの創業者の物語が「べっぴんさん」として放映されているが、鴨居も全く同じ時期に創業している。

下着は白のメリヤスを当たり前とした時代に、カラフルなスリップやセクシーなガーターベルトがどのようにして受け入れられたのか。

彼女は下着を通じて女性の解放運動を進めようとしていた。

 

「べっぴんさん」でも語られていたけれど鴨居も、東京のデパートでチュニックという鴨居ブランドのタグを外すように言われた時は、それを断ってその後、そのデパートとの交渉には一切応じてないと綴られていた。

 

鴨居は大阪読売新聞の学芸課記者という経歴があるので、文章の巧みさについつい読み耽る。

当時は未だ作家となっていなかった、山崎豊子や開高健、司馬遼太郎、作家の今東光等の交友があり、彼らは大いに力になってくれたらしい。

材料費の支払いと製品を販売したお金の回収の間にタイムラグがある。

それも分からないまま、がむしゃらに一人企業をしていたらしい。

ハタと困っていると、山崎豊子が「貸してあげるわよ」と言って、1万円を財布からさらりと出してくれることもあったそうだ。

宇野千代は大輪の花のように美しく、ふわっとした雰囲気の女性で沢山買い物をしてくれたらしい。

きら星のような作家さん達の青春時代を垣間見るような話も楽しめる。

 

鴨居は気が強く、負けん気が強いような印象を受けるけれど、悔し涙、うれし涙にくれながら30代の鴨居は踏ん張って生きていた。

 

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66才で逝かれてしまったけれど、ご存命なら姉母と同い年のはず。

昨今の下着のカラフルさは昭和30年代に鴨居が提案したものかもしれないけれど、戦後女性と靴下は強くなったと言われる時代を経て、昨今の下着についてはどんな感想をお持ちだろうかとお聞きしたいものだ。

 

春の花

  • 2017.02.22 Wednesday
  • 17:36

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カーテンを開けると屋根に薄く雪があったり、霜が降りたり、ブルッと身を震わせるような寒い朝もある。

それでも、庭には春の気配があるのだろう。クリローの花が上がってきた。

2年ごとに植え替えをするといいらしいが、うちのクリローさんは名前のあるような品種ではないので、ちょっと手抜きをしている。

10年以の年季が入っているので、庭で勝手に交配されて、思いがけない色で咲いてくれたりもする。

写真は「ブラックルーレット」と言う名前を持っている。

skogの庭に風雅舎さんが植えてくれたのを移植した。

 

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今年は湖西地方も雪が多かったし、気温も低いので、ビオラの生育に去年の勢いがないように感じている。

もしかしたら、私の花がら摘みが間に合ってないのかも知れない。

寒いとか雪が降るとか、かなり言い訳しているような気もする。

 

コウロギノブコさんの「碧いうさぎ」に昨年の美しさがなくて気落ちしている。

 

今年の庭はどんな花が咲くやら、期待と不安が入り混じる季節になってきた。

山形旅行の徒然

  • 2017.02.21 Tuesday
  • 22:18

雪原を走ると黒く、口を開けたような道路や川が見える。

それは、突然の事なので写真は間に合わないけれど、その姿はとても美しい。

 

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初日晴天の湖西線から見えた川

 

今回の電車旅は新潟県を端から端まで走り抜けた。

湖西線、新幹線はあっという間に上越妙高駅まで運んでくれたけれど、そこから200km以上ある、あつみ温泉までは4時間のバス旅となった。

興味尽きない私は、窓に張り付いて、子供のように飽きず外を眺めていた。

 

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今年の新潟は雪が少なくて、とても助かったとバスのガイドさんが喜んでいた。

ルーフヒーティングを付けているので、ひと月に20万円の灯油代がかかるのだそうだ。

気になってググッてみたら、1時間に18-20Lが必要と言われる。絶対新潟には住めない。

久しぶりにガイドさんの名調子を聞きながらのバス旅は、本当に楽しい。

地元情報から、さくらんぼうは塩水で洗うと良いとか、知らなかった事も沢山聞けた。

 

日没が近づいて、辺りが暗くなった頃に漸くお宿に到着。

何しろ、とてもリーズナブルなツアーなので、宿への期待は全くなかった。

ところが、私たちは3人グループだったので、通されたお部屋は特別室。

広々とした部屋にびっくり。

大浴場はいつ行ってもガラガラ、初日はどうやら私たちのツアーだけのお宿だったようだ。

銀山温泉はツアーでは泊まれないので、こちらのお宿に連泊だった。

その分バス移動は長時間になる。

話し上手なガイドさんだったし、お宿の設備もよく、食事は山形の名物の芋煮等も美味しいとなれば、それは苦にはならなかった。

 

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最終日に新潟の弥彦神社に参拝した。

かねてから、岩室温泉に行ってみたいと思っていたところだったから、これはタナボタのようで満足感を増してくれた。

 

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日本海は風が強まり、行きと違って荒れていたけれど、それさえ冬旅を盛り上げる演出のようだった。

 

 

 

山形旅行-銀山温泉

  • 2017.02.20 Monday
  • 21:22

蔵王と共に楽しみにしていたのは銀山温泉の冬景色だった。

この温泉を知ったきっかけは、カリフォルニアから来た金髪の女将さんがテレビに登場した時だった。

なんと、古風な温泉場だろうかと、印象に残っていた。

 

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雨の銀山温泉になった。

今年は雪が少ないのだそうだ。どっぷりと雪布団を着た風景を期待したけれど、雪はほとんどなかった。

鄙びた温泉街は銀山川を中心に両側に十軒ほどの宿が並ぶ。

そのほとんどが大正、昭和のはじめの木造建築物で風格がある。

 

 

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その中にあって、新しい格子のお宿は目立っていた。この格子の宿こそが、金髪の女将さんの藤屋さんである。

後で、分かったことだけれど、この建物は隣の公衆浴場「しろがねの湯」共々今を時めく隈 研吾氏の設計だそうだ。

そして、金髪の女将はこの建物に建て替えた事がきっけけで、カリフォルニアに帰ってしまい、藤屋さんは民事再生法の適用を申請して倒産されと言う事実に一寸夢が壊わされた。

 

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右手に見える望楼のような木造建築が、銀山温泉で一番古い能登屋さん。

おしんの撮影に使われて有名になった。

 

温泉街の大正ロマンに浸っていると鏝絵が沢山ある事に気が付いた。

鏝絵は大分県の安心院町に多く見られる。

私には懐かしい風景である。

ここの鏝絵は未だ新しいようなカラー使いでにぎにぎしい。

 

 

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旅の二日目はメイン観光で蔵王、銀山温泉を堪能した。

 

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山形旅行-蔵王

  • 2017.02.19 Sunday
  • 20:50

私の中で蔵王の樹氷は遠い存在だったが、思いがけないツアーを発見して小躍りで参加した。

 

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遠くに見える白い山が蔵王

 

前日が春のような晴天で、立山がはっきり見えた翌日は雨になるとの例えの通り、宿を出る時は雨が降り始めた。

日本海側から内陸に向かうと、その雨も止んで薄日が差した時は、嬉しかった。

 

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蔵王では朱い大鳥居が出迎えてくれた。

 

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頂上付近は-10℃の予報が出ていた。

雨でなければなんでも我慢できる。

10時には到着したけれど、ロープウエイ乗り場は長い列が出来て3回待ちをした。

段々、頂上付近の空が怪しくなってくるのが分かるので気が気ではなかった。

 

先頭で待ったので、一番前席をget出来るものと信じて疑わなかった。

ところが、である。

テレビクルーのような人たちが案内されて優先的に乗り込んだ。

ゴンドラの中から撮影するわけでもないのに、一番いいところはなくなった。

これはかなり悔しかった。

ゴンドラを降りると次に乗り継ぐのだけれど、その時には優先して案内されなかったらしく、普通に乗り込んでいた。

それくらいなら、初めからそうしてよ。

30分寒いところで並んでいた私の胸の中は、ずーつと毒づいていた。

 

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低い所はブナ林でブナは樹氷にならないらしい。

 

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上に行くと樹林の間を滑る人たちがいる。

上級者なのだろう、見ていても気持ちがいい。

 

上に行くにしたがって、猛烈な風が吹き始めた。

ゴンドラに当たる雪の粒のゴトゴトと言う音が聞こえる。

頂上に着くと立っておれないほどの強風が吹いていた。

 

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三脚では周りに迷惑をかけるからと一脚を買って行ったのに、自分の体を支えることもままならない風は思いがけなかった。

前日は、素晴らしい撮影日和だったと、宿で観たNHKのニュースは伝えていたけれど、この日は視界もない。

家人に体を支えてもらいながら漸く何枚かを写した。

 

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一寸、体験出来ただけでも幸いだった。

この翌日は、寒さがぶり返してロープウエイは休業だろうと言われた。

本当に、運が良かったと思う。

 

 

山形旅行-立山連峰

  • 2017.02.18 Saturday
  • 22:22

立山の白く輝く峰が見たかった。

短い間だったけれど、住んだことのある富山市の思い出と言えば、西武デパートの上階から眺めた立山連峰の姿だった。

どんよりとした空の続く富山生活の気晴らしは、山を眺めることだった。

 

立山連峰は、住んでいても中々綺麗にはみられない。

先日、白川郷に出かけた時に宿泊地を富山に選んだのも立山を見たいと思えばこそだ。

生憎の雨で叶わなかった。

 

それが今回、北陸新幹線で通過中に、とびっきりの姿で電車の窓に迫ってきた。

 

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ファインダー越しではなく自分の目で見たい気持ちとカメラに残したい気持ちが、せめぎ合った。

ピントが合わないと焦る間に山の姿はどんどん変わる。

あきらめムードで山を眺めていたけれど、何枚かは一応写していた。

 

住んでいたころからは40年近い年月が流れたけれど、山の姿は変わらない。

当たり前のことなのに、不思議な気がした。

 

雪を求めて

  • 2017.02.15 Wednesday
  • 21:52

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同じ大津市でも、琵琶湖大橋から北に行くと風景が一変する。

たっぷりと雪の布団を被った畑が続く。

比良に住む友人のFBによると、山の小動物達が麓に出てきて帰れなくなったり、鳥が飛べなくなったりしている姿を見かけるそうだ。

時には息絶えた姿に出会うこともあるという。

人も途方に暮れる深い雪に、動物たちはさぞかし辛いことだろう。

 

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今日は、優しい院長先生のいらっしゃる歯科医院からの帰り道、白髭神社の辺りの空が美しかったので急いでカメラを向けたけれど、空の美しさは写せなかった。

 

実は、明日からもう一段と雪がある(ハズ)の山形市へ出かける。

金沢まで特急サンダーバードに乗り、北陸新幹線に乗り継ぐ。

何を隠そうここに住んで40年、特急が走る姿は毎日見るけれど一度も乗ったことがない。

なんだか、ソワソワと遠足前のようだ。

蔵王の樹氷と、ずーっと気になっていた銀山温泉の雪景色を見てくる。 

冬に行きたい絶景の一つが白川郷、もう一つが銀山温泉と蔵王の樹氷。

リーズナブルなツアーを見つけて大喜びの参加である。

 

楽しいツアーになりますように。

 

 

 

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