滋賀県立近代美術館の一日

  • 2017.03.31 Friday
  • 22:20

DSC_7644.JPG

 

滋賀県立近代美術館は明日から3年間の長い休館に入る。

マデカラフェスタ(美術館のこれマデとこれカラ)として色々なイベントをしていたけれど、いよいよ今日で最後の日となった。

1984年に開館して33年が経過し、未来へのタネとワクワクが詰まった「美の滋賀」の拠点として生まれ変わるためにリニューアル休館という事だ。

こちらの美術館に足しげく通った通っていたような気がしたけれど、この10年間はとんとご無沙汰している。

だから私の記憶では,美術館は未だ新しいと思い込んでいた。

 

この美術館が開館した頃に絵を描き始め、県展、市展、風景展とお世話になった。

バックヤードから搬入して、審査の結果を待つ間の不安な日々が甦った。

 

DSC_7639.JPG

 

今日は美術館の学芸員さんの解説を聞きながら常設展を見て回った。

いつもより、100倍も楽しい美術館だった。

 

pm4:00からはクロージングセレモニー、館長さんのご挨拶の後は、隣接する東大津高校吹奏楽部の演奏があった。

夕方からニュース用と思しきテレビが何台も入って気がそがれるけれど、最後の日となると仕方がない。

 

DSC_7642.JPG

 

DSC_7634.JPG

 

美術館の庭に面したガラスは、「コチラとムコウ」という中村 麦さんのワークショップで描かれたもの。

窓のムコウ側に見える景色を、コチラ側の窓ガラスに特殊マーカーで描いたもの。

29日からの3日間でガラスと言うガラスは描き尽されていた。

 

昨日と一転して冷たい雨の一日になったけれど、3年後を愉しみに明るくお別れしようと、高校生の演奏する「アニーローリー」の曲が流れる中、出口に促されて美術館を後にした。

 

 

日々ーふと気が付くと

  • 2017.03.24 Friday
  • 14:45

スーパーにあるお米を見ると5kgが1980円 滋賀県産のキヌヒカリだった。

新潟のコシヒカリでなければとか、ミルキークイーンでなければと言っていた頃があった。

九州の兄嫁が圧力なべで炊いたら、コメを選ばないくても美味しいと言っていたので、この頃は、もっぱら安い米を使っているけれど、どれを焚いても確かに美味しい。

ふと気が付いたら我が家から、炊飯器とコーヒーメーカーが姿を消して久しい。

最近は中華蒸篭を使うので電子レンジもそろそろ不要になればいいのだけれど。

 

毎朝、蒸篭の中にキャベツの四つ切と人参、レンコン、サツマイモ、ベーコンを蒸して朝食としている。

 

DSC_7419.JPG

 

これに、パンと果物コーヒーが定番。

朝に一番野菜を食べているかもしれない。

冬時間は毎日決まった定食だけど、これが一番体に合う。

 

旅から帰って、お決まりの朝食が始まると二日くらいして体がほっこりしてくる。

これを日常と言うのだろう。

いいなあー。日常。

 

DSC_7414.JPG

 

昨日の、籠池劇場。

噓つきは誰だろう。

神風の正体は明らかにすべきだろう。

幼稚園の体を成してないのに、認可妥当と許可した役所の責任はないの?

梯子をかけたのは鴨池さんで、はしごを外したのは松井知事なの?

梯子をかけたのは松井知事で、籠池さんは勝手に落ちたという説。

無理な申請が通ったけれど、実行できない計画だったから、梯子を外さざるを得なったし、落ちたというのではないかしら。

無理を承知で認可妥当とした役所に忖度はあったと思う。

 

籠池さんは嘘と誠が入り混じっているので、信じる自信がない。

安倍総理の必死の答弁も聞く方には、嘘に聞こえる。

韓国の例にもあるように、権力に目がくらむのは人の常。

 

真実は小説より奇なり。

懐かしい言葉を聞いた。

 

 

 

春の一日

  • 2017.03.12 Sunday
  • 19:59

見上げると方々から飛行機雲が同じ方向に向かっていた。

ドンドン長くなる白い線に見とれていたけれど、あまり美しいのでカメラを取りに行ったら、すっかり崩れてしまって後の祭り。

 

DSC_6312.JPG

 

久しぶりに暖房を切って、庭や室内の大掃除に精を出した。

調子に乗って,ワックスがけするほど嬉しい日差しだった。

背中がポカポカする暖かさ。

春の日差しは体が緩む。

 

DSC_6363.JPG

 

クロッカスやヒヤシンス

 

DSC_6345.JPG

 

ガーデンシェッドの屋根を覆うハーレンベルギア

去年は3月10日に満開になっていたのに、今年は寒さの所為でかなり遅れている。

 

DSC_6338.JPG

 

貝母草がぐんぐん伸びて、蕾が膨れてきた。

 

DSC_6348.JPG

 

ネリネと同じ鉢で育つつわぶきの花

 

土の中から、花の色が見え始めた。

これから毎日、新しい発見がありそうだ。

 

2週間後の日曜日は「比良八講

それが終わると、本格的な春の訪れ。

もう一息だ。

 

ところで、春が来るというのに、胸の中は大きなわだかまりがゴロリと居座る。

森友学園問題、えらく大きな蓋をしたもんだ。

蓋が大きくて、立派なほど国民はうさん臭さを嗅ぐもんなのに。

裸の王様には気が付かないらしい。

南スーダンからの撤退は今年の5月だとか、緊急記者会見も唐突だったな。

 

他人の背中

  • 2017.03.07 Tuesday
  • 21:20

自分の背中は見えないけれど、私にも他人の背中はよく見える。

今国会を紛糾させている森友学園問題。

安倍総理の答弁は、どう考えても、おかしい。

 

経緯はどうであれ、名誉校長を引き受けたことは事実である。

名誉校長についてWikipediaでは名誉職としておかれる校長職又は、学校に貢献された方が退職後に授与される称号と記されている。

学校に長年の貢献をして授与されたという事がない場合の名誉校長は、学校の象徴的な役割や広告塔としての役割があるからだろうと、言うのは世間の常識である。

 

この学校について縷々問題が発生した。

直接介入はしなくても、昭恵夫人が名誉校長についているという事は、世間的にはお墨付きを与えた事となる。

つまり、宮内庁御用達とどう意義と世間は受けとる。

外に向けて配る正式書面に名誉校長として名前を上げたのならば、それは口先介入以上にものをいう書面に変身するものだ。

そういう責任を背負っているのが総理夫人の背中であろう。

 

折角のお膳立ても、学校開設は不認可の方向に向かっている。

総理も「私の名誉、妻の名誉」と言い続けるのではなく、昭恵夫人の軽率な行動で迷惑をかけたと謝る方がいいのではないだろうか。

間違えた時は早く謝る方がいい結果を生むものなのだ。

 

 

DSC_5613.JPG

 

紀伊半島の海

 

自分の背中

  • 2017.03.06 Monday
  • 22:43

昨日、写真撮りをしたときにTAKUTO夫人の美しい背中をみてドキンとした。

仕事をする人の背中は美しい。

今日、私の後ろ姿の写真が送られてきた。ドキンとするほど、おばあさん。

「おばあさんだから、いいの」と開き直るのは簡単だけれど、それを言っちゃおしまいよ。

これは現実の背中の話だけれど、背中は自分は気が付いてないけれど雄弁に語るものがあるようだ。

 

あいだみつおは「自分の背中は見えないんなあー」と書いている。

山本周五郎も「どんなに賢くっても、人間自分の背中を見ることはできないんだからね」と小説「サブ」の中に書いている。

他人の背中はよく見えるのに自分の背中は見えないものだ。

「自分では見えないものを背負って生きているのが人間と言うものだ」長田 弘

 

自分の背中は鏡で見るか。

贔屓目になりそうだ。

やはり、見てくれる人がいるのが一番いい。

我が家にはズバズバと厳しい指摘を飛ばす小姑娘がいる。

なるほどと思う事が日々増えている。

ありがとうと思うべきか。

 

DSC_5701.JPG

 

 


 

 

DM用写真撮り

  • 2017.03.05 Sunday
  • 20:29

DSC_5867.JPG

 

今日のびわ湖毎日マラソンは、生憎の気温の高い日となつた。

春はひと足進んで、水辺が気持ちのいい日だった。

 

5月に布作家の津々木さんと、帽子作家の庵原さんと、鉄と木を自在に操るTAKUTOさんの三人展のための、

DM用写真の撮影があった。

会場はびわ湖のそばの、TAKUTOさんの自宅ギャラリー

TAKUTOさんがご自分で手造りされた建物は、どこを見ても愛らしく、みんなのテンションは上がりっぱなし。

 

DSC_5759.JPG

 

DSC_5766.JPG

 

何処を見ても絵になる場所の場所決めは、かえって難しい。

作家さんたちが、あちらこちらと場所探しをしている時に、TAKUTO夫人に一寸モデルをお願いした。

私は上の写真が大好きだけれど、DMには向かないだろう。

けれど、没にするのは残念なので会場の紹介を兼ねてUPした。

ここはピザ窯もあるサンルーム。

全て手作り。

 

DSC_5858.JPG

 

DSC_5716.JPG

 

TAKUTOさんは、とてもシャイな方。

後ろからこっそりポチッ(シャッター音小さくしたつもり)

 

20170305_1657247.jpg

 

このコーナーは魅力的、さてどう活かそうか。

 

DSC_5788.JPG

 

ガーデンも手造り

 

 

DSC_5860.JPG

 

そしてパーツも手造り

 

DSC_5834.JPG

 

展覧会は5月12日から14日までの3日間です。

開けておいてくださいね。

 

日々

  • 2017.03.01 Wednesday
  • 22:25

IMG_3681.JPG

 

四条烏丸通

 

コーヒー豆を買いに行くという家人のお供で、京都まで出かけた。

うす曇りだったけれど、車の中は暖かい。

ウトウトする間に到着。

 

カーテレビでは森友学園問題がヒートアップしている。

厭きれたを通り越して、不快感がこみ上げる。

安倍総理の関与はなかったと、言い切れるのか。

言い切れたなら、日本の政治も地に落ちたとしか思えない。

 

IMG_3684.JPG

 

京都タワーが見える。

いつも、当たり前の風景として見ているけれど今日は何時頃からあるんだろうかとググってみた。

 

 1964年12月28日 建設

 

烏丸(からすま)をカラスマルと読んでいた頃だった。

 

2月の終わり

  • 2017.02.28 Tuesday
  • 22:00

IMG_3609.JPG

 

今年の2月は思いがけない大雪に振り回された。

その2月も今日で終わる。

 

今月中に片付けたい事があった。

確定申告、本日終了。

skog最後の申告は先週の金曜日に家人が出してきた。

それで、土曜日はルンルンと何時も以上に運転が軽快だったんだわ。

我が家は別々に出しているので、私の分は今日となった。

 

DSC_4992.JPG

 

 

税務署は月末という事で混雑していた。

最後から3番目、私が並んで直ぐに人数制限で締め切られた。

そのまま提出することも出来るけれど、一通り目を通して頂いてポンとハンコを押して頂くのが好きなので、毎年ご指導の列に並ぶ。

 

そして、今日気が付いたのだけれど私の年間の医療費は14000円ほどだった。

全て検査や予防のための支出だ。

風邪も引かず元気に過ごせていることに感謝。

 

この頃つくづく思うんですよ。

脚と歯は入念なメンテをしておかないと、老後人生の愉しさは、半分を失うと。

今頃気づくのは遅いけれど、気が付かないよりいいんじゃない。

 

IMG_3605.JPG

 

本日は晴天なり

  • 2017.02.27 Monday
  • 20:59

IMG_3673.JPG

 

久しぶりにスッキリと晴れて、比良山系の峰々が美しい。

 

私のブログを読んで下さる方に共通して言われることは「よく出かけるねえ―」

私は、夢中で出かけている訳ではない。

半径200kmくらいの所は、日常になっているのだ。

 

トヨタのプリウスに乗り換えてから、運転が楽しくなったようなので、ハンドルは家人に任せている。

この車の燃費にほれ込んでいる家人は、リッター当たり何キロ走らせたかは常にチェックして、運転の励みにしている。

金沢くらいなら20Lもあれば往復してくる。

若いころに「いつかはクラウン」と言うコピーがあって、家人も気をひかれていたけれど、走行距離が半端ではない我が家にとって燃費のいい車が一番となっている。

 

DSC_5503.JPG

 

旅と言うと非日常になり、特別の事のように感じる時期が私にもあった。

けれど、今は生活そのものが旅であると感じている。

skogをcloseして以来、日常のスパイスと言えば一、寸そこまでひとっ走りが生活になっている。

60歳まで夢中で働いて、その後10年間のクールダウンを経て今のライフスタイルに落ち着いた。

 

旅をすれば新しい発見があり、教科書で習ったことを確認することもある。

そのどれもが頭の細胞を活性化してくれるような気がする。

 

日帰りでも、海外でも家に帰るとホッとする。

羽を休める場所があるからこそ、私の旅は成立しているように思う。

 

DSC_5608.JPG

 

 

鴨居 羊子と鴨居 玲

  • 2017.02.23 Thursday
  • 23:18

1982年 私.jpg

 

鴨居 玲 (1982年 私)

 

昔、私が油絵を描いていた頃、一目で惹きつけられた絵が鴨居 玲の「1982年 私」だった。

中々絵を描き始められない鴨居は、白いカンバスの前に座り込み、その周りに集まった過去のモデルたちが心配している絵である。

私も人並みに取り掛かるまでは時間がかかる方で、白いカンバスを眺めてため息をついていた。

それは、名画伯にも素人にも共通するものだったのだろうか。

 

その時に、記憶の奥にあった鴨居 羊子という下着デザイナーの名前を思い出した。

その後、二人は姉と弟という事が分かった。

何と激しい個性を持った姉弟だったのかと興味を覚えた。

 

先日枚方のT-siteに行ったとき「私は騾馬に乗って下着を売りにゆきたい」という文庫本が目に入った。

パラパラと読むと、鴨居 羊子が下着デザイナーになったきっかけを書いているようだなと思って読み始めた。

1973年に上梓された本なので、44年も前に書かれたにもかかわらず、今読んでも少しも古くない。

起業しようとする人にはとても読みごたえがありそうだ。

私も10年前に読むべきだったかと。

 

DSC_5453.JPG

 

今、NHKでファミリアの創業者の物語が「べっぴんさん」として放映されているが、鴨居も全く同じ時期に創業している。

下着は白のメリヤスを当たり前とした時代に、カラフルなスリップやセクシーなガーターベルトがどのようにして受け入れられたのか。

彼女は下着を通じて女性の解放運動を進めようとしていた。

 

「べっぴんさん」でも語られていたけれど鴨居も、東京のデパートでチュニックという鴨居ブランドのタグを外すように言われた時は、それを断ってその後、そのデパートとの交渉には一切応じてないと綴られていた。

 

鴨居は大阪読売新聞の学芸課記者という経歴があるので、文章の巧みさについつい読み耽る。

当時は未だ作家となっていなかった、山崎豊子や開高健、司馬遼太郎、作家の今東光等の交友があり、彼らは大いに力になってくれたらしい。

材料費の支払いと製品を販売したお金の回収の間にタイムラグがある。

それも分からないまま、がむしゃらに一人企業をしていたらしい。

ハタと困っていると、山崎豊子が「貸してあげるわよ」と言って、1万円を財布からさらりと出してくれることもあったそうだ。

宇野千代は大輪の花のように美しく、ふわっとした雰囲気の女性で沢山買い物をしてくれたらしい。

きら星のような作家さん達の青春時代を垣間見るような話も楽しめる。

 

鴨居は気が強く、負けん気が強いような印象を受けるけれど、悔し涙、うれし涙にくれながら30代の鴨居は踏ん張って生きていた。

 

DSC_5450.JPG

 

66才で逝かれてしまったけれど、ご存命なら姉母と同い年のはず。

昨今の下着のカラフルさは昭和30年代に鴨居が提案したものかもしれないけれど、戦後女性と靴下は強くなったと言われる時代を経て、昨今の下着についてはどんな感想をお持ちだろうかとお聞きしたいものだ。

 

calendar

S M T W T F S
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30      
<< April 2017 >>

selected entries

categories

archives

recent comment

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM