命懸けの通院

  • 2012.10.15 Monday
  • 19:19
 姉母が食道がんと診断されて大凡、3年が経過した。
おかげさまで、ガンはすっかり影を潜め、姉母も年齢並みの弱り方をしてきたが、ガンの為に悪くなっているようには見受けられない。
その間、数度の検査と検査結果を聞くために大津日赤病院に行っているが、体調が悪い時は通院の待ち時間で体力を消耗した。
予約時間に行くと既に1時間待ちの表示がされている。
今まで、1時間から2時間は予約時間から待たされる。
予約時間を患者が勝手に判断して遅く行くのもどうかと思うので、大抵時間に間に合うように行き、奇跡を願うけれど、叶ったことはない。

今日、一人の男性が声を荒げて看護師さんに詰め寄っていた。
「時間通りにきて、いきなり1時間遅れって事はないやろー」と言っている。
まだ、通院を始めたばかりだろうなーと思いながら「待つのが当たり前と思ってるのかなー」と私も思う。
同じ時間帯に多人数を入れすぎているとしか思えない。

姉母の診察時間は5分「検査結果に悪いところは出ていませんでしたよ。良かったですね。次は半年後に検査しましょうね。」これだけ。
空いている放射線科で既に結果は聞いているが、半年後の予約を取るために2時間待ちだった。
医療会計は70円 駐車料金はそれより高い100円だった。

ガン治療後の検査は今回で3回目になる。
カメラを飲むのでかなりしんどい検査になる。
元気なら来年の4月に次の検査をし、その後結果を聞きに行くという、今回と同じことを繰り返す。
それも、姉母の体力があればの話だ。

決められたことを途中でやめることのできない性格の姉母のことだから、来年のカレンダーが来たら丸印を一番に付けるのだろう。
来年3月で88才、がんと姉母の戦い続くようだ。
病院が予約時間厳守に真剣に取り組んでくれれば患者のストレスは軽減され、病気の回復ももう少し早かろうと思うのだけれど、大津日赤の問題だけではなく全国の大病院は同じ状態だろう。

待たせて当たり前ではない病院が出来たら流行るだろうなー。
病院に付き合った私は夕方まで疲れきって眠った。
姉母には、命懸けの通院だった。

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バアバアー大丈夫かなー。
きなこ毎週木曜日の生ハム待ってるよー。

食道がん定期検査

  • 2012.01.25 Wednesday
  • 21:11
姉母が 食道がんの治療を始めて今日で丸2年が過ぎた。
昨年から半年に一度CT検査をしながら過ごしてきたが、本人を見る限り本復しているように見える。
コバルトの副作用で骨がもろくなり、何度か骨折をした所為で背中は丸くなってしまった。
その分、口は達者になったかも。

先週、CT写真を撮っているので今日はその結果を聞きに行く日だった。
Kusuyoさんの叙情歌のCDをかけて迎えに行くと、車に乗り込むや否や「里の秋」を一緒に歌い始めた。
検査結果を聞きに行くというのは不安ではないかと気を遣った積りだったけれど、好きな歌を聞くとその世界に入り込むのも早かった。

話は変わるけれど、姉母はKusuyoさんの大ファンで暮れに大分に帰った時、会う人毎にkusuyoさんの宣伝をしてCDを買いたいという人を沢山紹介してくれた。
けれど、CDの聞けるプレイヤーを持っている人は一人もいなかったという後日談まである。

消化器内科の検査結果は良好でしばらく病院とは縁が切れると思ったけれど、放射線科にいくとそうとばかりは言えなくなった。
胸や心臓の周りに水がたまり、息が上がってくるだろうと説明された。
緊張する私と反対に姉母はもう、息が上がってしんどかったわーと裏づけられ事でホッとしているようだった。

「癌は5年見ないといけないからね」という言葉に「そこまでは生きてないわ」といいながらなんだか嬉しそうだった。
帰りもKusuyo CDで朗らかに帰り着いた。

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姉母の一大事

  • 2011.04.08 Friday
  • 20:50
昨夜、家に食事に来た姉母は、食欲がなく風邪をひいたと言っていたのが朝には39℃を超えて足が立たないと電話があった。
ベットから起こすと身体は熱く、顔も赤い。
その上39℃以上の熱となれば肺炎に違いない。
病院に飛んでいった。
体温計を貸してくださあーい。
病院の体温計で計ると9・9℃
あ〜〜間違いなく肺炎だあー。
すると、看護師さんが冷静な声でこう言った。
「これ、逆ですよー6・6℃です」

幸い肺炎予備軍のところで病院に行ったので、薬が効き夜は大分落ち着いて来た。
足が立たないのは不自由だけれど、口はいたって元気なようで夕食を持っていくと、方々に電話をかけて報告をしていた。

「アンタの姉さんだから・・」と家人が言うけど、どういう意味?


解けない疑問

  • 2011.02.10 Thursday
  • 15:23
 病院から帰って、この1年を色々と思い出してみた。
どうも病状の説明と結果の辻褄が合わないのだ。
一安心したものの、本物の安心は出来ないと又不安が頭をもたげる。

癌は、胃カメラを飲んだ時に発見されたものなので、自覚症状がない初期のものと私は思っていたけれど、日赤での検査では、決して初期ではない、幾つかはステージ2まで達している。と説明された。
高齢の為に手術、抗生物質は使わない。コバルトのみ55回照射する。
多分半年くらいで次のステージに行くのではないか。

と言うのが病院の説明だった。
この説明をしたのは主治医ではなく、その時以来お会いした事はない。
入院後、前の写真は良く写っていなかったとして同じ写真を撮り直した。

そして、昨日の結果となった。
ステージ2まで進んだ癌がコバルトで完治するなら、初期の手術は必要ないのに、大抵は内視鏡手術をしている。
次は半年後に検査をしましょうと言う事だけれど、その時には又爆弾が落ちるのではないかとか、これで本当に治ったと言うのなら、癌は誤診だったのではないかとか、さまざまに思いがよぎった。

今日が元気ならそれでいいとするように切り替えようと思うけれど、姉母の嬉しそうな顔が浮かんでくる。



きなこの散歩道

トンネルの向こう

  • 2011.02.09 Wednesday
  • 18:24
 一昨年の暮れに思いがけず「初期の食道がん」と診断された姉母。
昨年の今頃は辛いコバルト治療の毎日だった。

コバルトによる放射線性肺炎、肺炎治療薬の副作用による骨折と夏までの間に、診察に回る医科は4ヶ所になり、疲れ果てる病院通いから、今日解放された。

昨年、再び食欲がなくなったので、毎週家人の鉄工房の帰りに迎えに行って、坂本の家で食事をしてもらっていた。
家では食欲がないとは思えなかったので、気分的だったのかもしれない。

今日のレントゲンでは骨折から始まった胸水もなくなり、肺も綺麗になって、呼吸器科からは縁切りを言われた。
それだけで姉は朝以上に元気になり、声まで大きくなってきた。

車の中で「ちあきなおみ」のCDをかけると、すぐに身体を揺らして「この人好きよー」と、思惑は大成功。

帰ってから、熱々のレモンティ―をカップにいっぱい注ぎ、重苦しいつかえを飲み下した。

日曜日は娘が体調を壊して一日中起きられなかった。
きなこは娘のベットから離れない。
きなこに食事をさせないといけないし、布団の上からきなこに抑え込まれてはゆっくり眠れないので、きなこを居間に連れてきた。
忠犬きなこ
食事もせず、居間のドアの前に座り込んで、私がドアを開けるタイミングを狙っている。
根負けして開けてやると、一目散に娘のそばに。
一日中、黙って寄り添った。
夕方、熱が下がった娘が軽い食事をすると、安心したようにきなこも少しだけ食事をした。
きなこは食事ものどを通らないほどに心配していた。



きなこスペシャルバージョン



姉母の診察日

  • 2010.11.17 Wednesday
  • 17:38
 久しぶりに日赤病院へお供をした。
待合室の2時間は読書時間と割り切っているので、今読みかけの司馬遼太郎の「峠」と宿根草図鑑を持ち込んでいる。
ところが、1ページも読めない。
運転中からその兆しはあったけれど、スウーツッと夢の中に。
院内の喧騒がこれまたいい具合の子守唄

姉は診察室に消えていく人たちから目を離さない。
「あの人もう15分くらい入ってるわ」とイライラしている。
分かっちゃいるけど、ついついか・・。

でも、自分が診察室に入るとチョットやソットでは終わらない。
レントゲンで見ると放射線性肺炎の影はなくなり、胸水も薬を止めたけれど増えてはいない。
もう一度胃カメラを飲んで最終確認をしましょう。
と、言ったくらい緊急性はなくなった。

ところが、姉母はそうはいかないらしい。
方々悪いので、年内は持ちそうにないのだと気弱く訴える。
でもその所見がないので、医者は言葉に詰まってしまう。

来月早々に胃カメラ検査をして年内に日赤病院と縁をきりたくて私はウズウズしているのだけれど、年内に死ぬはずの姉母は来年2月の診察予約を入れて、ケロリとしている。

アーーお疲れさまでした。



家人は今日からS邸の庭に戻り、仕上げに追われている。
エアコンのカバーは木製、フェイス部分は鉄。



トレリスも完成しました。

姉母の検診日

  • 2010.09.22 Wednesday
  • 23:19

昨日から気温は30℃を越して、湿度も高く疲れる。
今日は姉母の検診日
いつもの事ながら、予約時間は60分おくれ90分遅れと待ち時間が延びていく。

姉母だけが待っているわけではなく、みんな一応に黙りこみ、疲れてものも言えない様子だ。
診察の順番が来ても身体を引きづって診察室に入っていく。

姉母の食道がんの経過は良好で、今のところ大人しく治まっているらしい、
コバルトの当たった肺が肺炎になり、肺炎を治療するステロイドで骨が益々もろくなり、現在圧迫骨折した痛みが一番ひどい。

それも2週間の薬服用と、注射で随分軽減した。
これで、トンネルを抜けられると思った矢先、胸水が溜まり始めた。

ステロイドを辞めた所為か、骨折した所為かはたまた、心臓肥大の所為かと検査が始まった。

去年の年末に食道がんと告知された時の驚きが大きかったので、直っていく過程の副作用は仕方がないとあきらめている。

それにしてもモグラゲームのような治療の日々だ。

病院滞在5時間

  • 2010.09.08 Wednesday
  • 19:24
 今日は姉母の定期検診日
放射線科、呼吸器科、消化器科を回るので、覚悟をしていったけれど11時の予約から1時間半遅れて始まった診察で病院を出たのは夕方の4時になっていた。

待ち時間に単行本1冊を読了したけれど、疲れは半端ではない。
私がこれほど疲れたのだから姉母の疲れはひどいものである。
ベッドを借りようかと思ったけれど、脊髄を圧迫骨折しているので一度横になると中々起き上がれないという事情を抱えているのでひたすら椅子に座って堪えた。

脊髄の圧迫骨折を診断するのに2週間かかった。
背中が痛いと言って、近所の接骨医に自分で行ったが、日赤に行くように勧められてそのままタクシーで一人で行った。
レントゲンに所見がない事から筋肉疲労と診断されて自宅に戻り、玄関で転んでしまった。
それから1時間かけて携帯電話を取り出して私に連絡してきた。
駆けつけると、閉め切った部屋に倒れて全身汗まみれで顔までむくんでいた。
起こそうとすると「イタタタタ・・・」と悲鳴を上げる。
骨折を疑って、再度日赤病院の整形に行くと、レントゲンでは所見がないので分からない事。
念のためにMRを取ってもいいけれどと消極的に言われた。
MRの予約は早くて1週間後、又その1週間後に整形を受診する事になる。

整形の受診は明日だけれど、放射線科の受診の際MR写真を見てもらうと痛いはずで脊髄が圧迫骨折していた。
食道がんの治療でコバルトをかけ、コバルトで放射線性肺炎を起こしているのだから背中が痛いと訴えた時にもう少し、親身に見て頂けないものかと思う。
4月のレントゲンと先日撮ったレントゲンを比べれば、MRを撮るまでもなく骨折は疑われる所見が今日見られた。

幸い食道がんは良い方に向かっていて、骨への転移はないらしい。
少量の胸水が溜まっているので、今後は経過観察になった。
未だ、しばらく病院とは縁が切れそうにない。

一日病院で過ごす私に姉母は申し訳なさそうに気を遣う。
「あなたに介護をしてもらうために私は大津にきたみたい」
気を遣われると可哀そうになるけれど「冷房が利かない」「冷房が利きすぎる」と、どんな時にも携帯で呼びつけられると、時にはムッとする事もある。
「ムッとするのも生きてる証拠」と家人が上手に中に入る。

明日は、整形で「痛みから解放して」と強硬に交渉する仕事が待っている。

待合室の4時間

  • 2010.06.09 Wednesday
  • 21:31
 いつもより駐車場も待合室も空いていた。
今日は順調に行けるかもしれないと期待しつつ、まずは放射線科で胸のレントゲンを撮り消化器内科の待合で予約時間の11時を待つことにした。

消化器内科、放射線科、呼吸器内科と3つの科を回るので、ある程度の覚悟はしてきたけれど、今日は順調じゃないの?
と、思ったけれどやはり30分遅れのスタートになった。

姉母の肺炎はレントゲンで見る限り、影が薄くなり薬の効果が出ていると思われる。
めまいはステロイドの所為ではないかと呼吸器の先生から説明を受けた。
前回は「お年の所為でしょう」と言われただけにめまいを認められたことでかなりホッとしました。

ステロイドを徐々に減らしていけば、めまいも軽くなるからと今日から5mg減らしました。
薬が少しづつ減らせるのは、励みになりますが、ここにたどり着くまでの待合室の4時間は耐えがたくしんどい時間です。

元気な人が来る場所ではないだけに病院の待ち時間の管理は何とかできないものかと思います。
病気の人が椅子に座りこみ、うつ伏せになり必死で耐えていても誰も声もかけない不思議な光景でした。

食道がん治療のその後

  • 2010.06.03 Thursday
  • 20:07
 1月、2月と食道にコバルトを当て続けた影響で、放射線性肺臓炎を起こし、息苦しくなっていた姉母は次に肺炎の治療薬プレドニンを飲み続けて今度は異常な食欲を示しました。
その後の検査で肺の影も薄くなりかなり元気になったのですが、今度はめまいがはじまりました。
先日MRIの検査をして今日はその結果を聞きに行ったのですが、脳には何の異常も見当たらないので脳神経内科は今日で治療打ち切りと言われました。

姉のめまいは収まらず、午後になると床がうねっているように見えると言って椅子に座りこんでいます。
プレドニンの副作用は糖尿や骨粗しょう症、ムーンフェイスは広く知られていますがどこにもめまいの事は書かれてないのです。

薬を飲み始めて始まったので、姉は薬のせいではないかと訴えるのですが、MRIに異常がないと脳神経外科では手に負えないと言う事です。

プレドニンや放射線性肺造炎をnetと検索すると、医者の説明より良く分かる解説が書き込まれています。
時には医者が見落としそうな事もここで読んでおくとよく分かるのです。
ところが直接に聞く説明がnet以上に対応する事は今のところありません。

食欲がなくなって、月に5kgも痩せた時は死ぬんじゃないかと不安がっていたのですが、今は食欲を抑えられなくなって、「美味しいもん食べたーい」を連呼するのですが、今度は体力がないのです。

京都のBookー1の[響]に行きました。
明るくて気持ちの良いところだから。



マアマアのランチでしたが姉はぺろりと平らげて大満足のようでした。
次第に良くなっていくように思える日と、不安になる日が交互にやってくる毎日です。

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