午前4時のモリヤマメロン

  • 2017.06.11 Sunday
  • 22:33

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PC予約全盛の時代に、ばかばかしいと思いつつ午前4時に起きてモリヤマメロン販売所に向かった。

5月の内に事前予約の日がある。

それも、午前5時には長蛇の列が出来る。

でもその時は、好きなサイズを好きなだけ予約できる。

事前予約が出来ない時は、収穫が始まってから今日のように早朝に並んで現物を買う事になる。

今年5月は、色々と重なって事前予約をすることは出来なかった。

それで、やっと今日行くことになったのだけれど、行ってみない事には何箱買えるのか、等級は何になるのかすら分からない。

pm4:00は、日の出前で外は暗かった。

ばかばかしいと、ぶつぶつ言っても始まらないけれど、ばかばかしい。

何時までこういう販売方法が続くのだろうと思いながら、30年は経過している。

このメロンは、行かなければ買えないし、通りすがりに買えないところに値打ちが出たのかもしれないと諦めた。

本日は一人3箱、私は先頭から20番目だったので。1級品は売り切れ、限定ひと箱とかふた箱では4時起では無理というもの。

 

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pm5:00から整理券が出されてpm9:00から販売が始まる。

2回出かけなければ、完結しない。

8時半に再度行ったらら30分も前だと言うのに、野菜の販売所前には列が出来ていた。

列の中心はおじさんばかり。

30年の間に、世の中様変わりました。

 

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終の棲家

  • 2017.05.28 Sunday
  • 20:45

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私はこの庭のある家を終の棲家と決めているけれど、それを言い切れない。

姉母もまさか、自分が骨折し、脳梗塞まで起こしてベッドに暮らしていることを理解できないでいるだろう。

92才と言えば十分に高齢だけれど、本人にその自覚はない。

私にも72才の自覚はない。

 

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姉は今後一人暮らしは難しいだろう、けれど私が家で看るのは負担が大きすぎる。

家族が看るのか、施設に入居するか選択は二つに一つとなった。

 

姉母の上には94才の長姉がいる。

長姉は施設で暮らして8年が過ぎた。

施設はワンルームマンション使用で、我が家のようにすっかり慣れている。

「この施設には入れて、私は幸せ」とは口癖のように言う。

食べ物に、好き嫌いの激しい長姉は子供と同居したら双方が倒れたと思う。

 

テレビのボリュームは玄関ドアを開けた瞬間に切りたくなるほど大きい。

好きな時にテレビが見られて、ウトウト居眠りをしている今の生活は、不満なく過ごしてくれているように見受ける。

けれど、長姉の娘は8年間毎週京都から好物を持ってくる。

息子は名古屋から月に2回長姉が病院に行く日に付き合う。

私は週に1度、散らし寿司やうなぎやお造りのような生ものを持参する。

娘は仕事をしているので、休日はないような生活を8年過ごして、かなりな負担だろうと思う。

母親を看取るまでは自分の事は考えられないものの、親を送れば自分は後期高齢者に足を突っ込む。

自分の娘に自分のような生活をさせたくないと、ひたすら願うばかりだけれど、こればかりはなんとも言い切れない。

 

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暗い話になって来たけれど、姉母を家で看られないときの試算を長姉がいる施設にお願いしたら、トイレに自分で行けない場合月に50000円負担が多くなる。

だからと言って私が夜中のトイレに付き合えば、私がお先に失礼することになるかもしれない。

月に50000円の負担は大きくないと言うしかない。

合計すると年間400万円くらいの覚悟が要りそうだ。

 

私は姉母よりも20才若い。

今、私にもしもの事があれば、その20倍の資金を必要とする。

決して倒れることは許されない。

 

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最近の話題本に佐藤愛子著「90歳何がめでたい」がある。

佐藤さんの毒舌炸裂が痛快で泣き笑いしながらスルスル読める本だけれど、深いところ突いている。

もう、長生きは美徳と思わないでもいい「何がめでたい」と自分の事なら言えるのだけど。

 

日赤病院の不思議

  • 2017.05.26 Friday
  • 21:48

今週の月曜日に、医療相談の窓口を訪れて以来、3度の話し合いの機会を持った。

5日間に3度の機会となると流石に疲れた。

 

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姉母の脳梗塞については、今日神経内科の主治医と今後の治療について説明を受けた。

脳梗塞を起こした時間は特定しにくいし、もし3時間以内に「tPA」(血栓を溶かす米国の薬の使用)を希望しても大腿骨骨折をしていると多量出血を招く危険性があるので使えなかった。

今、行っている治療がベストでしょうと説明を受けた。

それを聞いて、胸のしこりが解けるような安ど感はあった。

けれど、脳梗塞の治療は早いに越したことはない。

私が変化に気付いてから24時間後に治療開始していることはやはり遅い。

これは整形外科の担当医と面会して話し合いは終了したので、今後は回復に向けて本人と家族が協力する事になる。

手術日を今日調整するはずだったのに、何故か整形の主治医は現れず、手術の日程は決まらなかった。

 

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最も私が怒ったのは家人のヘルぺスを診断できなかった事だ。

このつまらない話し合いに3回の時間を費やした。

素人でも分かるヘルペスを診断できず、日赤の救急の役目は何だろうか。

日赤の救急は、「診断できない時は診療の日に出直してもらう」と決めているので、ヘルペスと診断しなかった医師の処方に落ち度はないと言う見解が示された。

 

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「それって、今の内閣と一緒じゃないですか」というと事務方はうなずいた。

「医師の診断に疑問があると、周りはみんな分かっているけれど、組織として認めるわけにはいかない」という事らしい。

認めればどれほど法外な慰謝料を吹っ掛けるか分からないという心配でもあるのだろうか。

担当医師と面談して解決する方法もあるけれど、この医師は面談すればこじれると病院側は判断している。

 

この問題は、病院内で起きた問題を院長出席の会議にかける事を約束してくれた。

けれど、その結果が私に知らされることはないだろう。

 

 

 

大病院にモノをいう時-2

  • 2017.05.23 Tuesday
  • 21:12

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大病院は流石に対応が早い。

今日病院に行くと、姉母の主治医が1時からお会いしたいと連絡をしてきた。

私は、二人ではお会いしたくないと伝えると、施設長が同行しますと言うので面談の機会を持った。

 

姉母の脳梗塞の発症について主治医に医療過誤があったのではないかと昨日相談室に申し入れた事から早い面談になったのだろう。

主治医の弁解説明に終始する事になるだろう面会室には、施設長と主治医と入院2日目に私の強い要請で診察をして下さった整形外科の別の医者の3人が待っていた。

 

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バラの窓辺

 

私の怒りは、脳梗塞と分かってから夜に連絡があった時に「転んだ理由は脳梗塞が原因だった可能性は」とお聞きした時に主治医は「それは考えられます」と言いながら、入院した日に私の申し入れで診察をした時には「脳梗塞と思われる所見はなかった」と相談室に返事をしていることだった。

この矛盾に逃げの一手の医者に何を言っても無駄だろうと私は思っていた。

どういう検査をして脳梗塞ではないと判断されたのかと言う質問に「本人がだんだん良くなってる」と言ったからとか、「万歳が出来たから」とか素人のような事をおっしゃる。

血液サラサラの薬を飲んでいる人はおかしいと思ったら痴ほうの心配より脳梗塞の心配をしてほしい。

 

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沖縄のパッションフルーツ

 

神経内科の先生は「脳梗塞の場合は肩のあたりに梗塞はないけれど、指先にあり、足は反対に腿の方に梗塞があり足の指にはない」と説明された。

「せめてそれくらいの基本知識は持ちましょう」と私がいうのもおかしいけれど。

 

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北海道のアスパラ

 

姉母の診察をした時の診療録も書いてないと言う。

まるで、通りすがりに病室を覗きましたという状況である。

若い主治医は全く分かっていない。

医療過誤で裁判でもしようと言うわけでもないけれど、もう少し患者の立場になって真摯な治療に当たってくれるように言うしかない。

姉母は、入院しているのだからこれからは神経内科と整形の力で出来るだけ姉母を早く治してほしいと話を閉めるしかなかった。

「全力を尽くします」と言う言葉を信じたい。

 

家人が手術したのは20年くらい前である。

義兄がニュウボウガイパジェットの手術(ミスと思っている)で亡くなってから13年が経過した。

場所は違うけれど、どちらも日赤である。

 

1週間に2回も経験すると、医療過誤は他人事ではないと思わざるを得ない。

 

 

大病院にモノをいう時

  • 2017.05.22 Monday
  • 22:58

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お世話になっている病院には、言いたいことも言えず、後になってあの時にもっと言っておけば良かったと思う人は多いようだ。

私は13,4年前、私の長姉と姉母の夫(義兄)と実母3人の看病と看取りの日々を過ごした。

毎日大病院に通いながら、医者の言葉を聞き漏らすまいとメモを取り、帰ってから全てパソコンで学習して、医者の説明がスムーズに理解できるように努めた。

それと言うのも家人が胆石を患ったときに、誤診されて手術が遅れた苦い経験がある。

当時はパソコンがなかったので近くの図書館から本を借りて読み漁った。

私は、胆石だろうと思ったけれど主治医は認めず、ほとんど喧嘩のようになった。

その時も院長の総回診の時に直訴してCTをとり、親指大の石を発見した。

そんな経験から、分からないことは遠慮しないで医者には質問をするという事に躊躇しない。

 

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家人のヘルペスは、何故診断されなかったのか。

間違えた塗り薬は、何故出されたのか。

 

病院には診療相談という窓口が設けられている。

そこに行って、納得がいかないと言った。

春の事なので夜間の診療が若い研修医だったという不幸があったと言われると思った。

ところが、「申し上げにくいのですが、担当医は中堅の呼吸器科の医者です」には驚いた。

診断が付かない時には、周りにいる医者同士で相談するという事をあるらしいけれど、中堅の医者はそれをするのを潔いとしなかったのだろうか。

 

家人の症状は昨日から薬を飲んでいるにも関わらず、外はピリピリ、中はシクシクと痛みが増している。

そうなるとリンデロン軟膏を塗ったからではないかと疑いたくなる。

内服薬を出さないのならリンデロン軟膏も出してくれなければよかったのに。

 

「担当医には、良く申し伝えます。」と言うのは当然だろう。

けれど、私は納得がいかなかった。

「2080円お支払いしましたが返金してください」とはっきりと言った。

私は2080円が惜しいわけではない、気持ちが許さないのだ。

それから、本当に真剣な話し合いになった。

 

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そして、どういう考えでこの薬を出したのか担当医に質した上で、場合によっては返金に応じますという言葉を受け取った。

私の知りたいことはその事なのだ。

「どういう考えで・・・・」

 

大病院の驚く事実は未だあった。

 

 

 

泣きっ面に蜂

  • 2017.05.21 Sunday
  • 22:28

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昨夜パジャマに着替えた家人が「これ、帯状疱疹かなー」と言って来た。

一目見ればわかる水泡状の赤み、まぎれもないヘルぺスだ。

朝の内からピリピリとしていたけれど虫に刺されたのかと思っていたという。

それがまぎれもないヘルペスの症状なのだ。

状況もこの頃は疲れのたまる生活になっている。

時間は夜の11時に近かったけれど、日赤の救急に電話した。

「この時間だけれど、ヘルペスと思われるので受診したい」と連絡すると「専門医がいない場合がありますが来てください」と言われて夜中の病院に出かけた。

ヘルペスなら皮膚科だろうけれど、内科でも診断は出来ると思うし、救急には必ず内科医はいるはず。

 

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けれど、話はそうは進まなかった。

自分(診察した医者)では診断できないという結論で、薬は副作用があるので出せないけれど塗り薬を出しますとなった。

リンデロン-VG軟膏をもらった。

土曜日の夜に走ったのには、それなりの理由がある。

月曜日まで2晩も過ごせば、痛みも増すし治りも悪くなるので私は焦っていた。

今日も朝から、頼れるつてを辿って、受診できる病院を探していた。

その時に耳を疑う情報を得た。

「軟膏は何を出されたの」「リンデロン軟膏」「それを使うのはダメです」

説明書に副腎皮質ホルモン剤と書かれていたので嫌な予感はしていた。

ステロイドとしては強いとされている。

 

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そして、紹介されたのは、内科、整形外科、皮膚科の「たけだクリニック

昨年2月に開院されたばかりのクリニックだった。

既に午前11時を過ぎているので、取るものも取りあえずクリニックに急いだ。

直ぐに診察して下さり、「ヘルペスです」と診断された。

日赤の塗り薬を見てもらったら「これはひどい、院長に伝えます」と言われた。

飲み薬を頂いたら、体の芯の力が抜けていくように疲れた。

 

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夜になると、家人は元気がなくなった。

痛みが出てきたようだ。

月曜日の朝まで待たなくてよかったと、つくづく思った。

 

日赤の救急には火曜日の早朝にも姉母を救急車で連れて行った。

救急病院をどうやら私は勘違いしていたようだ。

命に係わらなければ、深夜に駆けつけても何の力にもならない。

と知らなかったのだ。

 

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姉母の脳梗塞についても、気が付いて直ぐに看護師に見てもらったけれど「空間意識が出来ない」と言われた。

左手で鼻をつまめるのに右手でつまめない状態を空間意識の欠如とは言わないだろう。

呂律がおかしいとも伝えた。

それで、ようやく診てもらえたのは翌日のpm8:00

私が気づいてから30時間は経過している。

その後、病院で脳梗塞になって気づかれなかったという話を沢山お聞きした。

今は、患者とその家族がしっかりしなければ、治る病気も手遅れになる時代と意識しよう。

 

姉母は明日で入院から1週間になる。

「ピンピンと歩いて帰りたいからリハビリ頑張る」と至って頼もしい。

それだけに脳梗塞の発見が遅れたことが残念でならない。

 

 

眠たくてたまらず、眠れない夜

  • 2017.02.11 Saturday
  • 23:27

食後にテレビの前に座ると、すぐに眠って何も見ていない。

漸く目を開けてお風呂に入ると、次は、サ―眠れない。

そんなはずはない、眠くてたまらないんだからと言うものの、3時間も悶々とすると安らかではいられない。

エイッと起きて入眠剤を飲んだらいつの間にか眠ったらしい。

3時間半後に朝が来て、普通に起きたけれど、椅子に座るといつの間にか又眠っている。

午後に京都まで買い物に出掛けたけれど、行きも帰りも爆睡した。

今も眠くて仕方がないけれど、ベッドに入って目が覚めたらどうしよう。

睡眠が狂い始めると、生活全体が狂いはじめる。

これって老化現象っていうのかな。

 

今夜は上手に眠れますように。

 

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白川郷の氷柱」

年齢を重ねるという事

  • 2017.02.01 Wednesday
  • 21:44

最近、車の運転が面倒になった。

信号が滲んで見えるし、眼鏡を作り替えたら一段と見にくい。

今日はテールランプが二重に見えたので、眼科に飛んで行った。

 

右眼は手術を必要としないレベルの白内障、左眼は1.2まで立派に見える。

レンズの力では、今以上の視力を作ることは出来ないそうだ。

先生は片目だけの手術では、中途半端になるのだそうで、しばらくこのままで我慢するようにと言われた。

それにしても目が見えないのは頭もはっきりしないような気がする。

 

今日は道路中央の白線が二重に見えるし、前の車のテールランプが4個に見えると訴えると、一時的ならいいけれど、何日か続けば脳の中の病気の疑いがあるとか。

今日は、一時的な現象だった。と、思う。

 

だんだん、そんな年齢になっていくのかと思うと、一抹の寂しさを覚える。

仕方がないことで、抗うことは出来ないけれど、そういう状態を知ると改めて自分の年齢を数えてしまう。

70代に突入するという事は60代では感じなかった変化が、表面に出てくる年齢なのかも。

80代になれば同じことを言うんだろう。

今を楽しまなければ。

 

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T-site枚方の懐かしいコーナー

どうすりゃいいのよ我が家の食事

  • 2017.01.11 Wednesday
  • 12:42

成人病予防の健康診断を受けた。

10年間、市から勧められている健康診断は受けた事がなかったけれど、一昨年「失礼ですが少しお痩せになっては」と言われた事をきっかけに1年に一度は受けるようになった。

昨年の胃カメラで「胃の萎縮」と言われた。

特に心配なしと言われて気にしていなかったけれど、食べ慣れない上質の牛肉を食べると、調子が悪くなった事が2回起きた。

気になるのでググってみると萎縮は侮れないと分かった。

萎縮の上に、ピロリ菌があると胃がんリスクが高くなるらしい。

 

今日、胃カメラ検査を受けると慢性萎縮性胃炎と診断された。

早速ピロリ菌を除去する薬が処方された。

ピロリ菌がなくなったら、胃がんになりませんと言う確証はありません。

胃が若返り、胃酸過多になって気分の悪くなる例があります。

等々の注意を受けた。

 

昨年、胃の萎縮と聞いた時に、米飯を食べないようにしたから胃が小さくなったのだと思い込んでいたけれど、これは大いなる誤解で簡単に言えば胃の老化なのだそうだ。

じゃあ、五臓六腑の老化も進んでるってことね。

それが進むと老衰死となる仕組みなのかな。

 

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娘が作ってくれた担々麺

 

ピロリ菌の除去は心配してないけれど、問題は血液検査にある。

LDLの数値が上限に近い。中性脂肪は問題なし。

家人はLDLはすごく低いのに中性脂肪は上限を超えている。

これもググると、青魚や果物や魚貝類等々私の好物が良いとされているし、調味料にはこだわっているつもり。

じゃあーどうすりゃいいのよ―我が家の食事。

 

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今日は水菜たっぷりのハリハリうどん、家人作

 

それぞれの家から持ってきた遺伝性の問題なんだろう。

と、思うことにしているが改善したい。

あーやはり、どうすりゃいいのよー。

 

 

 

ある情報誌の話

  • 2017.01.07 Saturday
  • 18:04

漸く新しいカードが届いた。

どこでどうなって使われたのか仕組みが分からないので、気持ちはすっきりしないけれど。

と、いう所で吹っ切れようと思うけれど、年末から気の重いことがもう一つある。

 

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電通で時間外労働が問題になっていた12月24日深夜

一通のメールが届いた。

旅行誌だった。

1月発行の旅情報に掲載しますので、原稿に目を通して25日中に返信して下さいというもの。

1年前も同じことを言ってきた。

「3月で閉廊の予定なので、掲載出来ません」とお断りをしたけれど、1月の発行なので掲載させてほしい、間を埋める記事が間に合わない」という事を繰り返し言われたので、お世話になったことでもあるので承諾した。

そして、また1年後に同じ記事を掲載するというお知らせ。

時はイヴの深夜、こういう時間に仕事をしているのはきっと下請けさんで、大変なんだろうと同情しながら丁重にお断りのメールを入れた。

それで、おしまい。

 

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最近の旅行情報誌は現地取材をしない。

openした頃は記者やカメラマンが必ずskogまで来ていた。

予算が厳しいのかもしれないけれど、古い記事で繋いでいくと、いづれ買って貰えなくなるのではないかと心配するのは老婆心だろうか。

 

せめて「了解」でもいいから返信を頂けると「お世話になりました」くらいの挨拶は言えたのに、残念だ。

有名な情報誌だけに未だに惜しむ気持ちを引きづっている。

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